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ここでは、天才数学者のゲーデルさんを通して、数学での「論理」というものの限界を考えたいと思います。
数学、わけても、数学で扱う論理的な文章、なんていったら、ご存知の方ももちろんいらっしゃるでしょうが、「完全無欠」という印象が強いと思います。それをくつがえしたのが、知る人ぞ知る天才、ゲーデルさんです。
彼は、「数学の証明には、数学の中(範疇!)では出来ないものがある」ということを証明した人です。
少し乱暴に言えば、数学で証明したいものは「命題」と呼ばれる中に入ります。
・・・特に数学は、正確に用語を定義しようとするととても大変ですし、少し調べれば書いてあることですので、用語の定義、意味についてはここでは大体でやります。
話をもとに戻します。ゲーデルは、制限は全くないわけではないですが、ある命題が成り立つと考えてどこにも矛盾が起きないとき、その反対(数学的には、反対にあたりそうなものは、逆・裏・待遇がありますが、大体で考えていただきたいです)を成り立つとしてもどこにも何の矛盾もおきない、というある意味おっそろしいことを証明したのです。
この結果を「不完全性定理」と呼ぶのですが、これが当てはまる命題の中に、こともあろうに「数学に矛盾はない」という命題が入っているのです!
数学は、高等学校でやるくらいまでは、実際に確かめられるといっていいくらいで、矛盾というほどのものはありません。ほんの少し矛盾らしきものはありますが、高校数学をひっくり返すほどのものではひとつもありません。
でも、現代数学では、取り扱っているものが完全無欠って、全くそんなことないんですねぇ。ゲーデルは、不完全性定理を完成させることにより、数学・論理学の限界を発見した、ってわけです。
この、一面で見れば科学というものが無意味だ、ともとれることを発見したことと関係があるのかどうか、ゲーデルさんは、別に食べ物を買うお金がなかったわけでもないのに、餓え死にという選択をしました。・・・皮肉なものです。
参考文献;
ゲーデルの世界(廣瀬健・横田一正 著)
(題名が「ゲーデルの世界」、サブタイトルが「完全性定理と不完全性定理」という本です)
ゲーデルと彼の考えについて、素人向けでは一番詳しい本です。
※当サイトの「無断」での転載、引用、借用、転売の類を禁止いたします。
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~ゲーデルが考えた数学~
ここでは、天才数学者のゲーデルさんを通して、数学での「論理」というものの限界を考えたいと思います。
数学、わけても、数学で扱う論理的な文章、なんていったら、ご存知の方ももちろんいらっしゃるでしょうが、「完全無欠」という印象が強いと思います。それをくつがえしたのが、知る人ぞ知る天才、ゲーデルさんです。
彼は、「数学の証明には、数学の中(範疇!)では出来ないものがある」ということを証明した人です。
少し乱暴に言えば、数学で証明したいものは「命題」と呼ばれる中に入ります。
・・・特に数学は、正確に用語を定義しようとするととても大変ですし、少し調べれば書いてあることですので、用語の定義、意味についてはここでは大体でやります。
話をもとに戻します。ゲーデルは、制限は全くないわけではないですが、ある命題が成り立つと考えてどこにも矛盾が起きないとき、その反対(数学的には、反対にあたりそうなものは、逆・裏・待遇がありますが、大体で考えていただきたいです)を成り立つとしてもどこにも何の矛盾もおきない、というある意味おっそろしいことを証明したのです。
この結果を「不完全性定理」と呼ぶのですが、これが当てはまる命題の中に、こともあろうに「数学に矛盾はない」という命題が入っているのです!
数学は、高等学校でやるくらいまでは、実際に確かめられるといっていいくらいで、矛盾というほどのものはありません。ほんの少し矛盾らしきものはありますが、高校数学をひっくり返すほどのものではひとつもありません。
でも、現代数学では、取り扱っているものが完全無欠って、全くそんなことないんですねぇ。ゲーデルは、不完全性定理を完成させることにより、数学・論理学の限界を発見した、ってわけです。
この、一面で見れば科学というものが無意味だ、ともとれることを発見したことと関係があるのかどうか、ゲーデルさんは、別に食べ物を買うお金がなかったわけでもないのに、餓え死にという選択をしました。・・・皮肉なものです。
参考文献;
ゲーデルの世界(廣瀬健・横田一正 著)
(題名が「ゲーデルの世界」、サブタイトルが「完全性定理と不完全性定理」という本です)
ゲーデルと彼の考えについて、素人向けでは一番詳しい本です。
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