~誤差の評価~
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ここでは、誤差の取り扱いに関して、私の考えを述べさせていただきたいと思います。
0.誤差の評価に関して思うこと
私は、自然科学の研究の際の「誤差の評価」ということを、非常に重要視しております。
誤差というのは、要するに、その研究での結論から、実際に計測したデータが「どれくらいずれているか」 そのずれのことです。結論だけを見るといいことを書いてあると思っても、やたらに誤差が多い研究(論文) が結構あります。実験を伴う研究では、「誤差」というものが、くせものだと思っています。
誤差の評価で一番重要なのは「たくさんの人(または、偉い人)に言われたからそうだ」とか、測定やデータ 処理をしている研究者本人が「こんな結果が出てくれないと、困る!」と強く思う、といった、「偏見をなく すること」である、と私は考えます。
そんなことがないようにするために、研究者自身が、生のデーターを、
・出来る限り偏見を捨ててよく見ること、
および、
・研究者が、またはコンピューター(大規模な計算機)によって、誤差が出るような処理(計算)をして いない、「生のデーター」を公表し、聞いている方々の意見を素直に聞くこと
の2点が非常に大切だと思います。
ここで、私独自に、「誤差」と言えるものを分類します。
1.測定装置による誤差
第一に、測定装置による誤差があげられます。測定の際に使った器具があまり精度のいい ものではないことが原因で起きる誤差です。要するに、「技術的に」、使った装置に改良の余地がある場合に 起きる誤差です。
この誤差をなくするには、測定の際に使った器具の技術的な改良が必要です。
2.コンピューター独特の誤差
第二にあげられるのは、コンピューター独特の、計算の際の誤差です。実験をすると、ある、おそらくは複 数のデーターが得られるのですが、現在の自然科学では、ほとんどの場合、これらのデーターを、コンピュ ーターを使って処理します。コンピューターを使って実験の結果を出すわけです。そうすると、コンピュー ターには、たとえば「丸め誤差」とか「打切り誤差」といわれるもののように、独特の、人間が計算したら 起こり得ない誤差が発生します。でも、だからといって、現在の自然科学で取り扱うデーターはとでも多く、 人間がいちいち手計算でやっている場合ではありません。
この誤差は、なくすることが出来るとすれば、研究者が、いかにコンピューター独特の誤差が結果に影響し ないように計算式を作るかという話になるでしょう。解決がかなり難しい誤差だと思います。
3.研究者のミスによる誤差
第三に、研究者の間違えによる誤差があると思います。本来何の関係もないもの同士を、研究者が間違えて 関係があると思い込んで、無理やり両者にさも関係があるような「法則」というか「公式」めいたものを結 果として出してしますのです。
・・・結論自体を無理をして出しているのでは?と、私にはそんな風に見える研究結果も沢山あります。早い 話、どうしても結論を出したいものだから、本来無関係なもの同士を同じグラフに描いて、そのグラフに (曲)線を挿入しただけにしか見えない、ということです。
この誤差をなくすることができるかどうかは、いかに研究する本人が「色眼鏡で見ない」ようにするか、というこ とにかかってくるでしょう。
4.「本質的な」誤差
第四に、本質的な原因がある、誤差とは呼べないものが存在すると思います。そのときの測定から考えて、大切 な意味を含んで、予想とは違った結果が出て、それを誤差と読んでいることがあるようです。研究者の予想に反 した結果が出ているのに気がつかない、というわけです。誤差だといっているものの中に、今までに無かった自 然の法則がひそんでいるのでは?ということですね。
高校の物理学で学習する、ニュートンの作った力学にも、誤差があるわけです。その誤差を、ひょんなことで突き 詰めてみたら、量子力学とか、相対性理論が生まれる、ということになります。歴史的にはどっちの学問もそん な出来かたはしていないと思いますが(書いてありますが)。
この「誤差」をなくするのも大変でしょう。いかに、研究者が、自分の考えを捨てて、クールに結果を見て いるか、ということが解決のポイントだと思います。
5.数式の性質による誤差
第五に、数学的な数式の性質による誤差がありえます。たとえば、得られたデーターを分析するときに、 サイン関数やコサイン関数を使うことがあります。このとき、この二つの三角関数の性質から、あるところで は大変なだらかで、何かの理由で、測定結果がすこし動いても、さして結論に影響しない場所と、逆に、ほん の少し動いただけでとんでもなく違った、極端な場合は符号が逆転するといったひどい誤差が出る場合があり ます。
この誤差をなくするのは、非常に難しいですね。何とか誤差が生じにくい数式にかえられればいいのですが、そ うでなければ、研究者がデーターやらグラフやらとにらめっこをして、大きな誤差が生じているところを何とか 見つけ、そこを誤差が少なくなるように実験をしなおすくらいしかないでしょう。
6.原理的に、生じるのが当然の誤差
第六に、原理的に当然生じる誤差があります。たとえば、「量子」に関する実験をしている場合、不確定性 原理から考えて、絶対に、両方同時に、誤差が生じない状態で計測をすることが不可能な場合があります。
この、第六の誤差は、人間の限界を示していると私は考えています。これについては、誤差をなくすることは不可 能です。
この、第六の誤差は、自然界ではかなりよく見られます。統計力学、統計熱力学、量子統計力学、などという 具合に、「統計」という字が入っていれば、「もとからランダムに動いたり、ランダムに存在するもの」と思 えばいいです。法則性はないといったほうが早いのです(統計学は使えますが)。
<結論>
何しろ、やろうとしている測定の、性格というか、性質というか、「科学的に」考えずに、「数学的に」ま たは「統計学的に」だけ考えては、その実験は何の意味もありません。数学の中の「確率論・統計学」と呼ば れている研究結果を使うと、そんなことができてしまうんです。たとえば、極端な例を挙げると、株価の値を 横軸に、今日の室温を縦軸にとっても、一応線だけは引けるには引けるのです。その代わり「誤差」はとんで もなく大きいですが。
と、いうわけで、一般に誤差の一言で片付けられているものは、別の法則がかくれていないか、結論が真実とは 違うからでてくるということはないか、多くの場合、研究している本人がもっと考えるべきだと思います。
・・・私が、人様の研究をぶち壊しても無意味ですし(え?今ここでやってるじゃないかって?結論はそうなっ ていますが、動機は違います)(苦笑)、他人の研究のあとをついでも、やっぱり無意味なんですよ。本人がや るよりないんです。
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