※私のサイトへようこそ。このサイトは、すべてのページをご覧いただかないと、ご理解いただけないと思います。
TOPのページへ(クリック!)
古典的な熱力学は、正直、学者はほとんど相手にしていません。
その理由は、古典熱力学に出てくる「エネルギー」というものが、人間が勝手に作っただけの、極端に言いますと、ほとんど無意味なもの、というように考えられているからです。
もしかすると、逆に、人間が捏造したに近いものだから、なにやら得たいが知れなくてわからない、という方もいらっしゃるかもしれません。
そんな方は、「エネルギーというものは、人間が勝手に作った、説明するために都合がいいだけのものだ」と、割り切ってしまいましょう。
そんな難点を克服しようとして、考えられているのが、統計熱力学です。
でも、見えない、測定もできない「素粒子」を説明のために使っているので、結構難解だと思います。
そんなものを理解するときは、物理学というより、数学的というか、式変形の感覚で見てみれば、間違ってはいないことがわかると思います。
正直、見えもしない、測定もできない人間の5感で感じられないものがよくわからないのは、当然というものなのです。
大体が、そのような、熱などを伝える「素粒子」のようなものが、本当に存在するかどうかも、疑問です。
・・・というのは、悪口にしかなりませんが、要するに、統計熱力学は、理解できなくても自然なことです、というのがいいたいことです。
※当サイトの「無断」での転載、引用、借用、転売の類を禁止いたします。
TOPのページへ(クリック!)
(統計)熱力学でつまづきやすいところ
古典的な熱力学は、正直、学者はほとんど相手にしていません。
その理由は、古典熱力学に出てくる「エネルギー」というものが、人間が勝手に作っただけの、極端に言いますと、ほとんど無意味なもの、というように考えられているからです。
もしかすると、逆に、人間が捏造したに近いものだから、なにやら得たいが知れなくてわからない、という方もいらっしゃるかもしれません。
そんな方は、「エネルギーというものは、人間が勝手に作った、説明するために都合がいいだけのものだ」と、割り切ってしまいましょう。
そんな難点を克服しようとして、考えられているのが、統計熱力学です。
でも、見えない、測定もできない「素粒子」を説明のために使っているので、結構難解だと思います。
そんなものを理解するときは、物理学というより、数学的というか、式変形の感覚で見てみれば、間違ってはいないことがわかると思います。
正直、見えもしない、測定もできない人間の5感で感じられないものがよくわからないのは、当然というものなのです。
大体が、そのような、熱などを伝える「素粒子」のようなものが、本当に存在するかどうかも、疑問です。
・・・というのは、悪口にしかなりませんが、要するに、統計熱力学は、理解できなくても自然なことです、というのがいいたいことです。
※当サイトの「無断」での転載、引用、借用、転売の類を禁止いたします。
